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クロガネ・ジェネシス 第4話 激昂のアーネスカ
クロガネ・ジェネシス
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第一章 海上国家エルノク
第4話 激昂のアーネスカ
「で、今年開かれる武大会に参加することになったというわけだ」
夕食時、そこそこに人の出入りが活発な時間帯での食事の席上で、零児は仲間達にそう告げた。
「簡単に決めちゃってくれるわね……」
アーネスカがパンプキンスープをスプーンですくい口に運ぶ。
「クロガネくん、剣士としてはどうなの?」
ネルはそう前置きして、生半可な実力では勝ち抜けないのではないかと述べた。
「大体ルールとか分かってるの? 言っとくけど、いつもの調子で武器精製の魔術なんか使ったら、大騒ぎになるわよ? ただでさえあんたの魔術は変わったものが多いのに……」
アーネスカが言っているのは零児の無限投影と言う物質精製魔術が、魔法の領域に到達しているということを示している。そんなものを衆目に晒すことになれば、各国の魔術師教会から封印指定を受けかねない。
「俺の魔術の特殊性については理解している。それにルールもレットさんから聞いてる。ルールって言ったって、魔術が使えないって事以外は基本自由だろ? 楽勝さ」
「どこからそんな根拠のない自信が出てくるんだろう……」
ジト目で睨みながら、火乃木はドレッシングの海に沈む生野菜サラダを口に入れた。
「俺はそんなことより、そのドレッシングまみれのサラダを口に入れてるお前の方が疑問だよ……」
正直どっちもどっちである。
「レイジ……頑張ってね。応援する」
「ありがとうなシャロン。お前はいい子だなぁ〜」
「ボ、ボクだって応援くらいするよ!」
露骨に自分とは違った態度と対応を取る零児に腹を立て、火乃木は頬を膨らませた。
「なんなら、私も出場しようか?」
「え?」
そう提案するのはネルだ。
「ほら、武大会って32人参加するトーナメント方式でしょ? なら、私とクロガネくんが当たった時に、私が棄権すればクロガネくんその分楽できるじゃない」
「ありがたいけど、遠慮しておくよネル。これは俺の問題だからな」
「そう?」
「いや。出なさい! ネル!」
「え?」
そこでアーネスカがネルに参加を促す。零児にしろ、ネルにしろ、なぜここでアーネスカが口を挟むのか分からない。
「零児が考えている以上に武大会は厳しいわ。保険として出場するのはいいでしょ」
「けど、これは俺の……」
「零児。今この場にいるのは、あんたの仲間よ? その仲間が自分から出てくれるって言ってんだから、好意は素直に受け取っときなさい」
「お前にしては随分、優しいじゃねぇか。なんか悪いもん食ったか?」
「なわけないでしょ。そんなことより、どうすんのよ。2人とも」
零児とネルは顔を見合わせた。
「それじゃあ、ネル……頼んでいいか?」
「元からそのつもりだよ」
ネルは零児に軽くウインクした。
「アーネスカは参加しないの?」
火乃木は自ら作り出したドレッシングの海をスプーンですくいながら言う。ドレッシングまで飲むつもりなのだろう。
「あたし肉弾戦苦手だしね〜。あたしとは相性悪いから参加しないわ。……っていうか火乃木、ほんとに体に悪いわよ……」
アーネスカは口に広がるであろう塩辛さを想像しながら、火乃木に忠告した。
「これは……」
「何があったって言うの……?」
時刻は夕刻。
アルテノスの建造物の中でも一際大きな屋敷。その玄関の前で2人の亜人は言葉を失っていた。
アルテノスへ向かう船で、零児達と乗り合わせた2人だ。
1人はチャイナドレスで猫の耳と枝分かれした尻尾を持つ猫の亜人。もう1人は全身白く、2メートルを越える巨体を誇る狼の亜人だ。狼の亜人は猫の亜人のことをユウと呼んでいた。
彼らは自分達が住まう屋敷の玄関が破壊されていることに驚いているのだ。
「俺達の留守の間に、何者かが侵入したのか……?」
「とにかく、アマロ様とアルト様の無事を確認しないと……!」
「ああ」
2人は無残に破壊された木製の扉から入る。
ホールは戦闘が行われたことを如実《にょじつ》に表していた。それもつい最近だ。じゅうたんは裂け、一部の扉ははずれ、階段には血の後が残っている。
「アマロリット! アルトネール! いないのか!?」
「ついでにギンもどっかいったの〜!?」
広大な屋敷のホールで2人は声をあげた。広いホールに2人の声が反響する。
すると2階から扉が開く音が聞こえた。そして走り寄ってくる足音も。
「ユウ! バゼル!」
「アマロ様!」
そこに褐色の肌の女性、アマロリット・グリネイドが姿を現した。栗色の髪の毛は後頭部で2つに分けて三つ編みにしており、黄土色のワンピースは褐色の肌と相まってエキゾチックな魅力を漂わせている。瞳は釣りあがっており、よく言えば活発。悪く言えば攻撃的な印象を与えている。
アマロリットは小走りで階下に下りる。
「何があったのだアマロ?」
バゼルと呼ばれた狼の亜人は、アマロリットに問いただす。
「その話なら、食事をしながらにしましょう。2人とも長旅で疲れてるでしょう?」
「そうだな……」
この屋敷の食堂はかなり広く、30人以上の人間が1度に食事を取ることができるほどに広い。しかし、アマロリットはそこを使いたがらない。自分達の屋敷に訪れる人間など、今となってはほとんどいないため、虚《むな》しさを感じるからだ。
なので、この屋敷での食事は、元々は寝室として使っていた部屋で行われる。5、6人ほどの人間が囲むことが出来る程度の小さなテーブルでだ。
その上に、3人分の食事が並び、脇にメイド服姿の女性と黒スーツの初老の男性が控えている。2人とも長年グリネイド家に使えているメイドと執事だ。
「2人ともありがとう。あなた達も食事にして頂戴」
アマロリットの言葉を受けて、2人は会釈をする。そして、扉の前で「失礼致します」とだけ告げて、その場を退室した。
アマロリットはこの屋敷で起こった出来事を話した。
女の侵入者が現れてギンという亜人と戦闘。しかし、前線虚しくギンは敗れ、アルトネールは連れて行かれたということを。
「その侵入者……狙いはアルトネールの能力か……」
太い指で器用にナイフとフォークを操り、生のままのステーキを口に運ぶバゼル。
「そう考えるのが妥当ね。何に利用するつもりなのかはわからないけど……」
「その侵入者、ギンを倒したんですよね?」
緊張の面持ちでユウはアマロリットに問う。ギンはユウが知る亜人の中でも、ぬきんでて戦闘能力と凶暴性が強かった亜人だ。正直生身の人間が彼に敵うとは到底思えない。
「でも事実よ」
固焼きの目玉焼きにフォークを突き刺しつつアマロリットが断言する。
「ギンは完膚なきまでにやられて、アルト姉さんと一緒に連れて行かれた……」
「どうしてギンまで……」
「個人的に気に入ったらしいわ。ギンのことを」
「趣味悪……」
「いずれにせよだ……」
2人は自分達より大柄な体格を持つバゼルを見る。
「人間と亜人共生への道が開かれようとしている今、アルトネールは取り戻さねばならん。無論、我らが友としてもな……」
アマロリットとユウは同時に頷いた。
「どこに連れて行かれたのかは分かっているのか?」
「分からないわ」
「ならば俺とユウで探すしかなさそうだな。食事が終わり次第早速取り掛かろう。いいなユウ?」
バゼルはユウに視線を向ける。
「もちろんです」
即答だった。彼女にとってもアルトネールは大事なのだ。
「お願いね。2人とも。私も独自に行動してみるわ」
「どうする気だ?」
「アルト姉さん、さらわれる前に、こういい残していったの。アーネスカを……あの娘達を頼りなさい……って」
「アーネスカだと?」
ユウとバゼルがアマロリットやアルトネールと出会った時、グリネイド家には三女がいたというのを聞いてはいた。その三女、すなわちアーネスカ・グリネイドは、12年前に屋敷を出て以来、1度も帰ってきていないのだ。
「正直言って、成長したあの娘の姿は想像できないし、なぜ今アーネスカが関わってくるのかはよく分からないんだけど、アルテノスにいるのなら私は彼女を探し出して、事情を説明するつもりよ」
「わかった……それについてはお前に任せる」
言ってバゼルは立ち上がる。
「ユウ。俺は先に行く」
「あ、ちょっと待って下さいよ。私も行きますよ!」
ユウはビーフシチューとトマトとパンを適当に口に突っ込んで、バゼルとともに退室した。
アマロリットは2人の退室を見送り、1人外を眺めた。
「なんだろう……とても大きな意思が介在しているような気がする……」
それは女の勘みたいなものだ。両親を失って12年。アマロリットとアルトネールは、執事とメイドの2人と4人で生きてきた。
「あれから12年……。やっと軌道に乗せることができたのに……」
両親の死。それは人間を抹殺すべしと考える亜人によって引き起こされたものだ。アマロリットとアルトネールはその体験を活かし、こんなことが2度と起きない未来を作ることを心に決めた。それから12年。2人は3人の亜人を自分達の家族として迎え入れ、亜人と人間の共存への道を歩み始めていたのだ。
事実バゼルとユウは人間の姿をとらずとも街中を歩くことが出来る。それほどまでに人間と亜人の境界は徐々になくなりつつある。今はまだアルテノスに限っての話ではあるが。
それは、アマロリットとアルトネールの長年の努力の賜物だといえる。
「アーネスカ……あんた今どこで何してるの?」
アマロリットはかつて自分達とともに生活していた妹のことを思い出す。アーネスカは両親を殺した亜人に対し怒りを燃やし、復讐することを心に誓って屋敷を出た。
思えばアーネスカが怒りを燃やしたからこそ、自分達は冷静になれたのではないか。今になってそう思う。もし、今会うことが出来るなら、彼女はアーネスカに伝えるだろう。
もう復讐なんかいいと。復讐よりも手を取り合うことのほうが大事なのだと。そう伝えたいと思った。
次の日の朝。
この日零児は今年行われる騎士選抜を兼ねた武大会の受付を済ませるべく、町を歩いていた。案内役のアーネスカと共に。
武大会が近いせいか、街中には出店が準備を始めている。当日はそれらが店を開き、盛大に騎士選抜大会を盛り上げる。エルノクにおける武大会は祭りにも等しい一大イベントなのだ。
「……」
零児はキョロキョロとさっきから道を行きかう人々を見ている。無論それらは特別目を引くようなものではない。ただの人間が買い物したり歩いたり話したりしているだけの光景だ。
だが、たまにその中に異質なものが垣間見えるのだ。
それは亜人の存在である。
普通の人間に混じって亜人が混ざっていることがある。それらは数は少ないものの普通に人間社会に馴染んでいる。
「人間と亜人……アルテノスではここまで共生が進んでいるんだな」
「そりゃそうでしょ。亜人と人間が手を取り合う未来を提唱し、そのために活動を始めたのは、アルテノスが1番最初であり、最前線なんだから」
「この町は、その最初のモデルケースになってるわけか」
「そういうことよ。こんな光景が世界中で見られるようになったとき、あんたの悲願達成ってことになるのかしらね」
「そうかもしれないな」
少なくとも零児はそう願っている。
昔、火乃木が処刑されようとしているのを見たときから、こんな未来がいつかくればいいと願っていた。そして、そんな未来を作ることが、自分の罪滅ぼしになるのではないかと思っていた。
1人でも多くの亜人が人間に受け入れられる世界。1人でも多くの人間が亜人によって命を失わなくなる世界。そんな未来の構築こそ、零児の願いだ。
「必ず作って見せるさ。そんな未来を」
「ま、頑張んなさい。応援くらいはしてあげるわ」
それからしばらくして、2人は大会の受付広場へと足を運んでいった。
そこは巨大な円形コロシアムの前に立てられたテントだ。大会当日はこの円形のコロシアムの中にたくさんの観客が入る。
その周りには、コロシアムを取り囲むように準備中の出店が軒を連ねている。
「そこに受付に参加の旨を伝えれば、あとは必要事項を書くだけよ。あたしは待ってるから手早く済ませてきなさい」
「ああ」
零児がアーネスカから離れ、受付のテントへと向かっていく。アーネスカは零児が戻ってくるまでの間、適当に当たりに視線を走らせる。
「懐かしいわ……」
人の喧騒、熱気、海上国家独特の潮の香り。全てが12年ぶりだ。
だが、同時に思い出さざるを得ないこともある。自分の2人の姉について。
2人の姉の制止を振り切って家出同然に復讐の旅に出た。しかし、たった1人の亜人を個人の力で見つけることなど簡単に出来るはずがなく、すでに半ば諦めている状態ではあるが。
2人の姉に会いたいかと問われたら多分会いたいと答えるだろう。しかし、今更会ってどうしようというのだろうか。そもそも今の自分の姿を見せて2人の姉は自分のことを即座に思い出してくれるだろうか?
「あたしらしくないわ……」
こんなことを考えるのは自分らしくない。センチメンタルは自分に似合わない。
そう思い、アーネスカはそれ以上考えることをやめた。そして再びアーネスカは行き交う人々に視線を向けた。
「!!」
その時だった。アーネスカの心がざわついた。動悸が激しくなり、息苦しくなる。喉の奥が乾いてくる。瞳孔が開いてくる。目が見開かれる。彼女は自分でも驚くほど冷静に、しかし激しく脳をフル回転させた。
自分のことを悠然と見下ろしていたその女は笑っていた。幼い自分の目の前で父の断末魔を聞かせ、悦に入り嘲笑していた。その女の顔をはっきり見たのは自分だけで、その一瞬で彼女はその女の顔をはっきりと記憶した。
そのときの記憶と今自分が見ている存在を照らし合わせる。
――落ち着け……落ち着け私!!
女は悠然と歩いていく。
髪の毛は黒のロング。少々無骨な黄土色で、ミニのワンピース。アーネスカはその女の後ろをついていくことにした。
人ごみで溢れている中、1人の女の後を追うのは容易ではない。
しかし幸いにも、女は人ごみから出て、街中を歩いていく。その背後の追跡者の存在に、女は気がついてはいない。
アーネスカは考えあぐねていた。あの女の後をつけて自分はどうするつもりなのか。
殺す?
アーネスカは人を殺めたことなどない。しかし、もし今あの女を殺したら自分はどうなってしまうだろう?
人として大切な何かを失ってしまうような気がするのだ。
では生かしてほうって置く?
それこそ考えられない。それならば何のために屋敷を出たのか分からなくなる。半ば諦めていた。しかし、こうして目の前にいるのにそれを黙って見逃すことなどできない。裁きを。制裁を。アーネスカが望むのは正当なる裁きだ。
しかし、この国に亜人を裁く法が存在するだろうか?
いくら人間と亜人が共生への道を歩み始めたといっても、法の整備までは進んでいない可能性ももちろん考えられる。
もし、あの女を捕らえて法の不備で裁きを受けさせることが出来なかったら?
考えれば考えるほど答えが分からなくなる。
殺すべきなのか、それとも生かすべきなのか。
――私は……わたしは……ワタシハ……?
「な〜にをコソコソとしてるの?」
「な!?」
声が聞こえた瞬間、アーネスカはそれ以上声を出すことが出来なかった。
自分の体が吊り上げられる感覚。ここがどこなのかを考える間もなく彼女は体を縛られ宙吊り状態になっていた。
そこは無人の倉庫のようだった。
暗く、ジメジメしていて他に人はいないようだった。
アーネスカは自分に声をかけた者を見る。そう、自分がつけていたあの女だ。女の左手から自分の体を縛っている糸のようなものが光って見えた。しかし、かなり細いため視認することはかなり難しい。
「なんか視線感じると思ってたんだけど、あんた何者?」
「……」
何者といわれて名乗るわけにもいかない。しかし、何か口にするべきだとは思った。
「別にあんたが何者かなんて興味ないし、謝れとか言わないけどさ〜」
「……」
「こういう行動だけは取って欲しくないなぁ〜。人として……」
「あんたに、あんたに人としてなんて言われたくない!!」
アーネスカは激昂した。怒りで頭がどうにかなりそうだった。
「ひどくないそれ? 私は確かに亜人だけどさ。ちゃんと人間としてまっとうに生きてるつもりだけど……」
「嘘だ!」
アーネスカが怒りで打ち震える。
――お父様とお母様を殺した奴に、まっとうに生きているだなんていわせない!!
「……」
女の顔から笑顔が消えた。その代わり氷のように冷たい瞳が、アーネスカを射抜いた。
「うるさい」
次の瞬間。アーネスカの体を縛り付けていた糸が、アーネスカの体をギリギリと締め上げ始めた。
「ア、アアアアアアアアアアアアア……!!」
アーネスカが悲鳴をあげた直後、女はアーネスカを解放し、床に下ろす。しかし、体を縛る糸はそのままだ。立ち上がることすら困難な、芋虫のような状態だった。
「見逃してあげるから帰んなさい。私、弱い人には興味ないから」
「弱い……だと?」
「そうよ。何を理由に私に怒りを燃やしてるのか知らないけど……私、弱いものいじめって嫌いだからさ……」
「くっそう……。仇が、仇が……目の前にいるのに」
「じゃあ、そういうことで」
女はアーネスカの言葉を無視してその場から去っていった。
アーネスカは怒りとも悲しみともつかないグチャグチャになった感情をどこへ向けていいのか分からず、ただひたすらに自己嫌悪に陥った。
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